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2015年5月

2015年5月11日 (月)

「バッハの信仰」 コラールとカンタータ

後半二番目は

「バッハの信仰」ということで、教会音楽の中から3曲を演奏する。

 

この3曲の特徴はもちろん、「詩がついている」ということだ。
だから、その詩を知って理解していることがこの3曲を理解するうえですごく助けになると思うので、ここで紹介しておきたい。

 

ただ、興味深いのが詩と音楽の関係が3曲とも異なっていることで、

1曲目「神の時こそ最善の時」のソナチネはこの詩を味わうための心の備えのための曲で、まずは楽器のみでこの曲が演奏されてからこの詩が語られ始める設定。
で、どんな場面の曲かというと、葬儀の場なんだ。テーマは死。

   

「神の時こそ最善の時」

私たちは神の中に生き 動き 存在する 神が望まれるかぎり
神にあって死すべき時に私たちは死ぬ 神の定められた時に 
ああ主よ 私たちが死ななければならない者であることを教えて
熟考させ 賢くならせて下さい


    

2番目の曲「なんじにこそ 喜びあり」は、
聴衆がこの詩(とメロディー)を知っていることが前提の曲で、

バッハの時代の人々は、この詩によるコラールを暗記するほどに熟知していた。
     
その、「みんな知ってるあの詩、あのメロディー」を題材に、
詩のない、歌のない器楽曲として仕立てあげてあるわけ。
あの詩、あのメロディーをバッハ先生、どんなふうに器楽曲に仕上げられたのかなあ・・・・?というのが聴衆の関心事だったわけだ。
   
  
   

「なんじにこそ 喜びあり」

あらゆる苦しみの中にあって
あなたにこそ 喜びがあります
愛するイエスよ
あなたにあって
天からの賜物を受けます
あなたは私の救い主ですから


     

これは、「苦しみ」とか「死」、そしてその中での「喜び」がテーマになっている。


    

3番目 「人よ なんじの罪の大いなるをなげけ」は、
みんなで歌うための編曲。
この曲も当時の人々、暗記するほどに熟知していた。
だって、当時すでに200年くらいドイツの教会で歌われ続けた曲なんだから。
        

ゼパルト・ハイデンの作詞、マティアス・グライターの作曲による超有名曲であるこのコラール、実はもともと単旋律なんだ。
だから、当時の作曲家たちはそれぞれ思い思いにハーモニーをつけていた。
今でも複数の和声付けが残っている。
それでもって、この名高いコラールに「オレなら、こう和声付けするよ!」ってことでバッハが編曲したのこの日演奏するバージョン。
   

さすがにバッハの和声付けはすごいと思う。

そしてその分、演奏もかなりむつかしい。
    
断崖絶壁、急カーブ、でこぼこ道といった具合に、仕掛けがいっぱいで、ほんとにすごいと思うんだけど、演奏して得られる感動は特筆もの。
弾くたびに心が感動でいっぱいになるんだ。
     

このハーモニーでこのコラールをうたった当時の会衆の心にはどれほどの感動が湧き起こったのだろうか・・・・・。

すごいコラール、すごい編曲だと思う。
   
  
   

「人よ なんじの罪の大いなるをなげけ」

人よ あなたの罪の大いなることをなげき 悔い改めの涙を流しなさい
そのために キリストが 父なる神のもとを去り この世に来られた
死んでいるものを生き返らせ 病を取り去り
ついに時がきて 人の罪のために 十字架のあがないを 成し遂げられたのだ
   

   
   

この詩はイエスの「十字架」つまり「死」がテーマになっている。
     
つまり、3曲とも「死」」や「苦しみ」とどう相対するかがテーマになっている。
べつに、そのつもりで選曲したわけではないんだけど・・・・・。
     

514日、ぜひご一緒にバッハの音楽をマリンバの響きで味わいましょう。
本当にすばらしい曲ばかりです。

乞う、ご来聴!
  
    

 

 


 

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2015年5月10日 (日)

トッカータ ニ長調 BWV912

514日(木)は京都上桂 バロックザールへ!
マリンバアンサンブルコンサート「J.S.Bach
18
30分開演


休憩を経て後半プログラムの初めはこの日最高の聴きものの一つと目される「Duo Philia」の演奏だ。

曲はトッカータ ニ長調 BWV912

 

双子姉妹の伊藤朱美子・多美子のデュオは音楽をする喜びにあふれた演奏で
いつ聴いてもエキサイティングだ。

特筆すべきはやはり二人の一体性。
   

アンサンブルにおいてアイコンタクトやボディサインでの奏者同士の緊密なコミュニケーションは非常に重要、絶対的に不可欠なものだ。
ぼくらも3人で演奏する時には頻繁に合図を出し合い、アイコンタクトを交わしながらリズムやテンポ、タイミングを合わせている。
   

しかし、この二人のデュオは長年一緒に演奏してきたぼくが見ても、どうコンタクトをとっているのか、よくわからない瞬間が頻繁にある。
「えっ、今どうやって合わせたの・・・・・・?」と?
マークが頭の中を飛び交うことになるのだ。
うっかりすると、完全にぼく一人だけ置いてきぼりを食わされる。

お母さんのお腹の中でも呼吸を合わせていたのではなかろうかとさえ思わせられる緊密なデュオはまさに「聴きもの!」ですぞ。
緊密な一体性にもかかわらず、二人の音楽的性向はかなり違うのだから・・・・。
   

一つ不思議なことがあって、三人で演奏する際は7-8割の割で伊藤朱美子が上声部を弾く。なぜかその方がうまくいくことが多いからだ。
しかし、曲によっては伊藤多美子が上声部を弾いた方がうまくいく場合もある。
なぜなのかは全く不明だ。

しかし、Duoの場合はほとんどの場合、伊藤多美子が上声部を弾いた方がいい結果が出るのだ。
これもなぜなのかは全く不明だ。

今回、どちらが上声部を弾くのか、それは彼らが出てきた時のお楽しみ。
   

しかし、どちらにせよ適当に分担を決めているわけではない。
どちらが上声部を弾いているかをチェックして、なぜそうなったかを推測するのも、この演奏会の楽しみの一つ、それもかなりの玄人好みの楽しみではないだろうか。

ただ、慣れてない人だと、二人の見分けがつかない場合もありうるが・・・・・・・(笑)

  

514日(木) 京都上桂バロックザール 1830
マリンバの響きでバッハを一緒に楽しみましょう。
  
入場料は格安の2000円。
    
   

ぜひぜひのご来聴を!




 

 

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シシリアーノ&ヴィヴァルディの協奏曲

514日 アンサンブルフィリア 
J.S.Bach」コンサート、是非のご来聴を!

 

 

「知っていますか、南の国を。レモンの花咲くあの国を・・・・・・。」

 

 

ゲーテの詩にもあるように、ドイツ人の南国、つまりラテン文化圏への
憧れは相当なものだ。音楽に限らず、文化は南、つまりラテン文化圏から輸入するというのが、ゲルマン民族、スラブ民族のかつての常識であったらしい。
バッハの時代もそうだし、なんとモーツァルトの頃までそんなコンプレックスがあったみたいだ。今でも音楽用語には圧倒的にイタリア語が多いのもその名残だろう。

 

今では「音楽の父」とまで讃えられるバッハも、南国イタリアへの強い憧れ(とコンプレックス)を心に抱いていたみたいだ。

 

今回第3番目の出し物は「知っていますか、南の国を:イタリアへの憧憬」ということで、シシリアーノを一曲、そしてヴィヴァルディの協奏曲からのトランスクリプションを取り上げた。

 

バッハは「シシリアーノ」と銘する曲をかなり書いていると思う。
数えたことはないが・・・・(爆)。

 

シシリアーノとは明記していないが、
「これは、どう見てもシシリアーノやん・・・・!」と思ってしまう曲もかなりある。
よほど、イタリアのシシリア、そしてシシリアーノに憧れがあったんだろうなと思う。

まずは、その数あるバッハのシシリアーノの中から一曲演奏し、
次に、ヴィヴァルディの協奏曲のトランスクリプションをお贈りする。

 

バッハはとても謙虚な人で、イタリアの巨匠、ヴィヴァルディを
非常に尊敬していたらしい。ヴィヴァルディの楽譜をたくさん入手して
熱心に研究していたということだ。

そんな彼のヴィヴァルディ研究の成果の中に、ヴィヴァルディ作品の
オルガン曲への編曲がある。けっこうな曲数を編曲しているのだが、
その中から「協奏曲イ短調BWV593」を取り上げた。原曲はOP.39
二つのヴァイオリンのための協奏曲だ。

 

でもこれ、ヴィヴァルディの原曲と楽譜を比較してみると、
とても面白い。バッハは原曲をそのままオルガンに移し変えるということはしていないのだ。パッと聴きには全く同じように聴こえるんだけど、
よく聴くと、やはりちゃんとこだわるべきところはこだわって、バッハの音楽になっているんだわ。
もちろん、明らかに「この和声進行、この転調、バッハのやり方では全然ないな。
これこそヴィヴァルディ!」という部分が連続するまさにヴィヴァルディの音楽なんだけど、でもでも、「やはりこれは純粋ヴィヴァルディではないぞ、これはやはりバッハやん」と思わせるものがあるんだな。

 

ヴィヴァルディの衣をかぶったバッハなのか、
       バッハの衣を着たヴィヴァルディなのか?



16
年も一緒にバッハを演奏し続けてきたぼくたちアンサンブル・フィリアにとっても、すごく新鮮な感動を経験することになったのだ。

 

南国イタリア・ヴィヴァルディの協奏曲をゲルマンの巨匠バッハがアレンジ、中米ホンジェラスのローズウッドを日本の福井県の職人さんが仕立てた楽器で京都人が演奏する。
これはなかなかの異文化体験となるのではなかろうか。

 

まさに、グローバルなコンサートと感心して悦に入ってるのはオレだけか・・・・・・(笑)。

でもこの曲、ホントに面白いですよ。

 

 

514日 午後6時半
京都・上桂 バロックザールにて

ぜひぜひのご来聴を!

 

 

 


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「イエス、われらの慰め またいのち」BWV475

コンサートまで後少し・・・。
Y先生が曲目のことについて、Facebookで書かれた記事があるので、こちらにも載せますね。

 

 


今日は414日、
なんと、アンサンブルフィリアのコンサートまであと一ヶ月ではないか。

このコンサート、曲目は決定しているし、すでに何度もリハーサルを重ねているが、曲順が決まっていない。
早く決めなければ・・・・。

曲順は未定とはいえ、一曲目はすでに決定している。



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「イエス、われらの慰め、またいのち」BWV475

これがすてきな曲でねえ・・・・。
あっという間に終わってしまう小品なのだが、すばらしい曲。

 

 

歌の曲をマリンバで弾くというのは想像しにくい方もおられると思うけど、これがなかなかよいのです。
アンサンブルフィリアはバッハに限らず多くの歌の曲を演奏してきた。
今回のコンサートでも、いくつか歌の曲を演奏する。
とてもすてきですよ。マリンバ重奏による「歌」

ただ、歌には歌詞がついているから、歌詞の内容を知って聴くと、ただでさえすばらしいメロディーとハーモニーをさらに堪能できる。

この曲の歌詞もすばらしい。

 

J.S.バッハ:「イエス、われらの慰め またいのち」BWV475

1.イエス、われらの慰め またいのち、
死を甘んじて受けられた方、
その方は栄光を受けられ、力強く、
勝利と命を再びもたらす。
死の縄目から
勝利の君としてよみがえられた!
ハレルヤ!主をほめよ!

2.全世界は喜び、
若返り、新たにされる、
すべてのすべて、
見渡す限り、
喜びの衣を着て、
そう、海も喜びのあまり、波立ち、
山も谷も歓喜の喜びを上げる。
ハレルヤ!主をほめよ!  

 

 


514日 木曜日 夜1830
京都上桂 バロックザールにて

一緒にバッハの音楽をマリンバの響きで楽しみましょう。
是非のご来聴を!

 

 

 


 

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